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我が心のエバーグリーン 【 システム部 開発担当 HM 】 [時々思うこと]

祖母の命日で田舎にお墓参りに行ってきました。
私の田舎はかつて地名に「字」がついた山間の村で、今ではすっかり過疎化してしまい老人ばかりが住む地域になっています。
80歳半ばを越える叔父と叔母がふたりで住むその家は私の祖父が若い頃に建てたもので、築100年を越える古い農家です。
私がまだ中学生になる頃までは薪でお湯を沸かす五右衛門風呂でした。そして台所は土間になっており真ん中には竈が据えられ、日常で当たり前のようにガスコンロと竈で食事の支度がされていました。
また、萱葺き屋根の次の葺き替えに備え萱を保存しておく屋根裏部屋や、大きな扉の天井まである水屋や、隠し部屋のような2階のある倉といった、町で育った私には珍しいものばかりがある、何度行っても何度探検しても飽きることのない大好きな家でした。

その大好きだった田舎の家も祖父や祖母が亡くなり代替わりをしてから住みやすい現代風な家に改築され、すっかり昔の面影を失くしつつあります。
しかしながらまだ田舎独特の風習はかろうじて残っています。葬儀はその地域独特の風習で行われ、埋葬はまだ土葬です。そのため、お墓まいりというのは文字通りお寺の敷地内にあるお墓と、段々畑のように山の斜面になった場所に埋葬された祖父と祖母が眠る場所の計3箇所にお参りします。
お盆の行事も昔ながらの風習が守られており、コロコロと呼ばれるお団子と松明を作り、迎え火と送り火でご先祖様の霊をお迎えします。
味噌こんにゃくは今でも自家製で、冬の時期になると今では庭に据えられた竈で大量のこんにゃく芋を蒸し、こんにゃく作りを手伝います。
そんな風習もいつかは廃れていくのだと思うと、色々と今のうちに教えてもらわないといけないとあせる反面、それを教えてもらっても作れる環境でいられるのかと考えると、それはなかなか難しい。
これは私の田舎の家に限らず、今の日本中どこでも多分同じような事が起こっているのでしょう。

今の日本では昔のままの生活を維持していくには環境があまりにも大きく変わりすぎました。「便利」というコンセプトで作られた、恐ろしく魅力的かつ快適な様々なものが昔ながらのスローな生活をどんどん駆逐してしまいました。
古い家が失われていく感傷も傍観者であるからこそ持ち得るもので、そこで生活をする立場では冷たくて寒い土間や薪で沸かす五右衛門風呂などより、綺麗なシステムキッチンスイッチを押すだけですぐに沸く便利なお風呂を望むのは当然の事でしょうし、私自身がそんな昔ながらの家で実際に暮らすとなると、所詮都会(と言えるほど都会では全然ないのですが)で育った私などすぐに根をあげてしまうでしょう。
それを十分承知でありながら、色褪せない記憶のままのいつまでも懐かしい田舎であって欲しいと思う気持ちが拭えないのは、昔を懐かしむ年齢になってしまったということなのかもしれません。
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